ホタテ

菅野彰

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会津『呑んだくれ屋』開店準備中

恋し浜帆立に恋をした

 会津「呑んだくれ屋」開店準備中、絶賛開店準備中。
結構長く生きた気がするのにまるで見たこともない大きさで、圧倒されるような肉厚の、海からやって来たのに間違いない潮の香り溢れる、そんな帆立が、今日、私の目の前にあった。
 何故この帆立が私の元にやってきたのか、少しだけ説明したい。
 そんなに料理が上手い訳でもなんでもない私菅野彰、それでも日々美味しいものを求めて生きている。そしてできることなら身近なところで、手軽に出会いたいと思っている。
 会津在住のわたくし、東北の美味しいものをしらみつぶしに食べてやりたいと、欲深く願っていたのだ。
 そしたら出会ってしまった。この連載でとてもお世話になるだろう、「東北食べる通信」に。そんなあっさり? いやあっさりではない。
 冬に、私は担当編集者鈴木の家に、お呼ばれした。いつものようにつまみを並べて、二人でしこたま呑んでいたのである。
 そこに鈴木が、スッと出した秘宝としかいいようのない、朱色の光る卵達。
 塩いくらだよ塩いくら。
「何これ!」
 美しく、口の中でぷちっと弾ける塩いくらの山を、私はもはや客と言えないくらいばくばく食べては、口に酒を馴染ませた。
「これはね、『東北食べる通信』というのがあってね」
 鈴木はそこで説明したというのだが、私はいくらのおいしさに目が飛び出た上酒も回っており、きちんと理解していなかった。
 後日、
「ねえ、あの塩いくら」
「だから! これだってば!」
 教えてもらって、やっと理解したのが、「東北食べる通信」だった。厳選された東北の本当に美味しい食材と、その食材にまつわる読みでのある冊子がついて、月々1980円也。
 いつでも小料理屋開店準備中の私はすくざま入会して、真冬には牡蛎にもありついた。
 そうこうしているうちに、私は強く思うようになった。
 こんなに厳選された美味しい旬の食材と、その食材に纏わる興味深い冊子がついて、月々1980円だよ? 東北の食に興味があるのに、もし知らない人がいたらこんなもったいない話はない。友人達には教えて回った。だけどまだまだ、もったいない!
 私、この食材を中心に、エッセイを書かせていただけないだろうか。書きたい。まだ知らない方がいたら、知ってもらいたい。
 思い立ったが吉日、「東北食べる通信」代表の高橋博之さんに、手紙を書く。お会いできることになり、会いに行く。エッセイを書かせてくださいと直談判して、今に至る。
 とは言え私の料理の腕は、本当にたいしたことない。へっぽこである。そして「東北食べる通信」からは時折、一筋縄ではいかない食材が届く。
 でも、大丈夫私にもできるから怖くないよという、このエッセイはそんな東北の食べ物エッセイだ。
 今回の届いた食材は、帆立貝。「恋し浜帆立」、である。
 到着日到着時間は、食べる通信側から提示された中から選ぶことができる。基本料金の中での帆立貝の枚数は、四枚だった。
「一人で食べるなんて味気ないわ」
 貝が大好きな友人と帆立パーティを催そうと約束を取り付け、私は八枚に増量した。
 食材がクール宅急便でやってくるのをわくわくと待つ。
 そしてその日は、私にもやって来た。
 ピンコーンと玄関チャイムとともに届いた、帆立の入った発泡スチロール、
「え!? これ帆立!?」
 そう思わず宅配のお兄さんに聞いてしまう、でかさであった。
「八枚だよね……頼んだの」
 訝りながら箱を開けると、そこには思いも掛けない迫力の貝が、整然と並んでいた。

ホタテ

 この帆立、私が今まで出会った帆立とは、まず大きさからして違う。生きてる感触満載、貝にはさっきまで海に居たかのように海草ががっつり付着していた。
「うん、手強そう!」
 でもね、大丈夫。何が? だって帆立用の貝を開けるへらもついてる。更に、検索すれば帆立貝の捌き方や、調理法が出て来るからそれはもう、各自吟味してみて。
 私は取り敢えず、刺身という高いハードルを目指した。

ホタテ

 高いハードルから跳んでみようとするのは、私の良いところでもあり悪いところでもある。
 貝ベラで、
「オレ! 食われないからな!」
 と、口を閉めている帆立の貝柱を、削ぐ。下手をすると指を挟むから慎重に。でも貝ってやつは、貝柱を削ぐとおもしろいほどぱっかーんと口が開くものなのだ。
 そして、ぱっかーんと開いた帆立のあまりの生々しさに、私は怯んだ。人間なら人体模型かというくらい、貝柱、ヒモ、精巣、ウロが見事につやつやしている。生だからね。生きてるからね。
 美味しいもののためならば、何も厭わないつもりの私。
「捌く……!!」
 だが、途中、貝がきゅうと動いて手に絡みつき台所で絶叫。
 ぜえぜえ言いながら、もう、力任せに包丁を入れて解体していく。
 貝柱は、縦に切る派と横に切る派がいて、それは食感が違うからなのだが、私はやわらかさを求めて横に切って貝殻に並べた。
 残りのヒモや精巣は、熱していた網に乗せて、酒醤油バターで火を通す。 わくわくと最初の、一人小料理屋を開店する。
 今回のお酒は、福島県喜多方市「喜多の華酒造」の「純米蔵太鼓+10」、通称プラテン。
 最初のお酒にこれを選んだのには、訳がある。
 辛口の日本酒が好きな人には、このお酒は食事に置いて万能の酒なのだ。どんな料理も邪魔しないし、後口がすっきりしている。お値段もお手頃だ。

ホタテ

 さあ、プラテンとともに、帆立を食す。
 私は思う。
 なんで今、一人なんだろう。誰かの肩を叩いて言いたい、この歯ごたえ甘さ、素晴らしいねと語り合いたい!
 肝のバター醤油の方は、ビールで満喫した。
「早く来いよ友よ! 美味いっての!」
 晩に来る友人を待ち、少々余裕も出て来て「東北食べる通信」の冊子も読む。
 このお取り寄せ何が楽しいって、厳選された食材とともに、その生産者の取材が綿密にされた冊子が読めて、作り手の顔がはっきりとわかるところだ。
 「恋し浜帆立」の漁師佐々木淳さんの、漁の様子や支える人々の横顔を、帆立とともに堪能する。
「女は乗せねえ」
 船に女は乗せないという時代錯誤な見出しに、こんな素晴らしい帆立を運んでくれるなら船は我慢するわと、頷く。
 早く次の帆立に行きたいと待ちわびているところに、友人が到着した。
 冊子も読んで気分はもう浜辺と思い、一番簡単な網焼きで、どんどん食べることにした。

ホタテ

 強火で熱した網に、洗った帆立貝の平らな方を乗せる。見守っていると下の貝柱が取れて、ぱっかーんと貝が開くので、すかさずトングで引っ繰り返して、平らな方の貝を取り去る。
 つやつやの身に、とりあえず酒を掛けて、一番シンプルなのは醤油と味醂少々。もちろんバター醤油も美味しい。
「何これ!? 知らないよ! こんな帆立知らないよ!!」
 口に含んで叫ぶ友人に、
「でしょう?」
 と、まるで己の手柄のようにドヤ顔になる。
 恋し浜帆立は、歯ごたえもありヒモも噛み切りがたく、美味しい分手強い。
 強いんだな、と、思う。こいつ、強い。食べるのは闘い。
 ありがたくそのお命、頂戴する。
 そんな使い慣れない言葉も出て来るくらい、私は存分に帆立と闘った。
 美味しかったよ。
 食は一期一会だ。また恋し浜帆立と闘えるのは、何事もなければ来年になる。
 この帆立の産地は、岩手県、大船渡市小石浜。
 震災を乗り越えて、今私の手元にやって来た。
 恋し浜帆立が強いのは、当たり前のことなんだ。

【次回は、蕨と山菜。北国の早春の味をどう食べたか、どう料理できたのかお楽しみに!】

●今回のレシピ

ホタテ

帆立の網焼き
強火で熱した網渡しの上に、帆立貝の平らな方を下にして乗せる。待っていればぱっかーんと貝柱が取れて口が開くので、すかさずトングで掴んで引っ繰り返して、平らな方の貝を取り去ります。身に日本酒を掛けて、後はお好みで醤油と味醂、または醤油とバター。ぐつぐつ煮立ったらお好みの加減で出来上がり。

●今回のお酒

蔵太鼓

蔵太鼓
通称プラテン。その名前の通り、酒度が+10と辛口のお酒。しかし、口に含んだ瞬間にはお米のフルーティな香りが広がる。どんな食事にもあうオールマイティな日本酒。

問合せ先:喜多の華酒造
福島県喜多方市字前田4924
TEL.0241-22-0268
FAX.0241-22-0268
HP http://sky.geocities.jp/kitanohana87/
ツイッターID  @kitanohana87

注文はお電話かFAXになります。

東北食べる通信

東北食べる通信
http://taberu.me/
東北の生産者にクローズアップし、特集記事とともに、彼らが収穫した季節の食がセットで届く。農山漁村と都市をつないで食の常識を変えていく新しい試みである。