
菅野彰
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私は今、人生最大の壮絶な片思いをしている。
相手の男性には、もしかしたら妻も子もあるかもしれない。そこのところは知らない。そんなことはどうでもいい。
え? そんなことはどうでもいい? それはどうなの? 駄目だろ!?
大丈夫だ安心してくれ。
何が大丈夫なんだ。
だってこの片思いは永遠に実ることはないだろうから、大丈夫だ。不倫にもなりようがない。
そんな壮絶な片思いが、先週から思いもがけずスタートした。
先日、関東方面から友人が遊びに来てくれて、地元友人といつもの居酒屋「弦や」に行った。
女四人で大変楽しく呑んだ。
私は最近、弦やでほぼ自分で酒を選ばない。ほぼ店長のセレクトにお任せしている。前も書いたが、私が店長と書いているのは多分オーナーだ。店長は調理場を仕切っている男性のようだ。結構通っているのにその辺よくわかっていないままだが、酒の前では肩書きなどどうでもいいのだ。
最初に店長と書いた方を店長のまま、このエッセイは進行する。
そして私は、最近少し呑み過ぎである。
冬の終わりに、長いおつきあいの編集男性が来てくださって、カウンターで二人で十合以上呑んだらしい。
らしいというのは最後の方のことを、残念ながら覚えていないからだ。
翌日、宿に編集男性を迎えに行くと、少しきれいなできたての水死体みたいになっていた。
「昨日は完全に呑みすぎましたね、菅野さん……」
「五合くらい呑みましたっけ? 二人で」
「何言ってんですか! 十合は呑みましたよ!!」
ほら、覚えてないからさ。
酒で記憶なくしていい歳じゃ全然ないよね。弱くなったのかな。
後日、また弦やに行って店長に聞いた。
「あの日、私たちそんなに呑んだ?」
店長は、カウンター越しに遠い目をして言った。
「久しぶりにすごい呑む人たち見たなって思った……」
ここでそんなこと言われるなんて相当よと思いながら、後日また、カップルと三人で弦やを訪れた。
途中で彼女は理性的に呑むのをやめて、彼氏と私と二人で最後の方は呑み続け、このときは十五合呑んだそうだ。
弱くなってるのに、呑み過ぎている。
「店長最後、ラベルも見せてくんないで片口にお酒出したよね」
店長に因縁をつけたら、
「俺は見せてるよ! 覚えてないだけだよ!!」
「美味しかった順番はちゃんと覚えてるんだよ……最後から二番目の酒が旨かった」
最近の私、駄目な呑み人である。
そして友人四人で呑んでいたときも、店長にお任せ状態で呑み続けた。
途中、ふと店長が言った。
「明日、囲む会あるんだけど来る?」
「え? なんで前日に言うの!? 行くけど!」
結構へべれけな状態で、関東から来た友人イラストレーターのWさんと「蔵元を囲む会」に翌日行くことにした。
囲む会については、以前もご紹介している。
居酒屋「弦や」で定期的に行われている、蔵元の方を囲んでその蔵のお酒をそれぞれかなりの種類呑ませていただき、蔵元さんのお話を聞くことができる楽しい会だ。料理も美味しい。散々楽しんで、五千円という破格だ。
今回は、峰の雪酒造と、以前の囲む会でも登場された白井酒造を囲むという話しだった。
白井酒造の「風が吹く」が私は大好きで、前回のエッセイでも簡単にだが丁度紹介している。
好きだ。
なんか好きなんだよ。
理屈じゃなく好きなんだ。
こういう好きが一番大好きな好きだと思うんだ。
白井酒造が来ると聞いて、私の胸は躍った。
「あ、NHKの取材入るけど大丈夫?」
店長は、私とWさんに聞いてくれた。
「大丈夫。犯罪歴もないし逃亡中でもないから」
このときもかなりしたたかに酔って帰宅して、翌日私とWさんは張り切って支度をした。
「映ろうね! NHK!!」
「NHKだよ! 盛って行かなくちゃ!」
盛り盛り化粧をしながら、こんだけ張り切ってテレビに映りに行く人今時なかなかいないんじゃないかと、Wさんとともに私の仕事場を出るのがギリギリになる。
「あれ……?」
そのとき不意に、耳元で店長の声が聞こえた。
「六時半スタートだけど、少し早めに来てね」
へべれけの私にきっと、店長は言ったのだと思う。
何故にかギリギリにその声が、谺のように耳元に響いた。
「え? 何故今思い出した私!?」
蘇るの遅いんだけど記憶!
そこからWさんと大急ぎで、弦やに駆けつける。
本当にギリギリに駆け込んだ。既にNHKのカメラはスタンバイしている。
ここは結論を先に言っておくが、私とWさんは盛り盛りに盛って行ったけれど一度もカメラに映ることはなかったのであった。
張り切ったのに!
まあいい、そんなことはどうでもいい。良くないけどどうでもいい。
この後、私の壮大な片思いが始まるからね。本題はそちらである。
料理はいつものように、普段は気さくな美味しい料理でもてなしてくださる板さんが、渾身の献立を用意してくれる。
卯月の献立は、白身魚のなめろう、会津地鶏もつ煮、鯖みりん干焼き、丸干しいわしオリーブ焼き、会津産ピーナッツ、さざえ串、桜刺し二種(馬のタン、ハラミ)、若鶏桜花ソース、筍御飯、以上である。もうこれだけで、会費は充分返って来た気持ちだ。
私は前回の囲む会で、酒に溺れてこの素晴らしい献立を食べ切れなかったことを激しく後悔していた。板さんも、ここぞという腕の振るいどころのはずだ。
「素晴らしい料理だから! 酒に夢中にならずに食べるのよ!!」
Wさんにも強く言い含めてあった。
ところで私たちの席は、全部で八人が座卓を囲む形だった。悪いことに私が端に、私の向かいにお一人の壮年男性、私の右隣にWさん、その向こうに四十前後の男性が五人連れで座っていた。
いつも通り開会の挨拶が行われたのだが、私たちの席が若干引っ込んでいて店長の声がよく聞こえない。
エッセイに度々登場する五ノ井酒店の五ノ井さんが、近くに立っていた。
「聞こえないって店長に言ってよ」
声を掛けると、いつも剛胆な印象の五ノ井さんが珍しく困ったように笑って、行ったり来たりを繰り返した。
「ヤジ飛ばそうか?」
「NHKの……カメラが回ってるんだよ」
あ、ごめん張り切って化粧して来たのにすぐに忘れてた。
峰の雪酒造、白井酒造からも挨拶があり、いよいよ酒宴がスタートする。
最初に私たちの席にやって来てくださったのは、峰の雪酒造だった。
実は私は、一度だけ峰の雪酒造の酒を呑んだことがあった。
何故、一度だけなのか。
一度であまり気が合わなくて、呑むのをやめてしまったのである。それがもしかしたら二年以上前かもしれない。
峰の雪酒造の方は、まだ若く、頑張り始めて数年というお話だった。
かしこまって正座で、一生懸命、酒への思いを語ってくださる。
今年造られた「大和屋善内」の新酒を呑んで、私は一度きり呑んで峰の雪酒造の酒を手に取るのをやめてしまったことをとても後悔した。
まだ若い蔵の方々が、懸命に日々試行錯誤しながら、峰の雪酒造の酒は確実に前へと進んでいる。
それは正直に、蔵の方にお話しした。
「私、実は数年前に一度呑んでそれきり手をつけていませんでした。ずっと頑張って進化してらっしゃったんですね。確かめて、知ってみようとすれば良かった。これからは積極的に呑んでみます」
一生懸命が伝わる、そんな酒たちを呑ませていただいた。
きっちり正座で足を痺れさせながら、峰の雪酒造の方は清々しい笑顔で席を移って行かれた。
そして、白井酒造の白井さんが、酒を持って交代する。
待ちに待っていた、私の大好きな白井酒造だ。
白井さんが最初に置いたのは、「大吟醸出品原酒 萬代芳」だった。
「出品酒なので、販売はしていません」
白井さんは多分私よりお若く(年齢等、白井さんの個人的なことは現在も何も知らないままである)、酒蔵で麹とともにあるせいか色白で、やさしくいつでも穏やかな笑顔の男性だ。
一口、私は口に含んだ。
いつも呑んでいる「風が吹く」とはまた趣の違う華やかさに、頬が自然と綻ぶ。
「これ、買えないんですか?」
囲む会の醍醐味は、通常購入できない「出品酒」(コンクール等に出品することを目的に造り、販売は基本しないもの)などが呑めることだ。それは私もわかっている。
わかっているけれどしかし、「近いものが買えます」というような言葉を期待して聞いたのである。
「買えません」
あくまで白井さんは、穏やかな笑顔。
「何か近いお酒とか」
「買えません」
白井さんは笑顔だ。
「私、白井さんのストーカーなんです」
このとき私は、軽い冗談のつもりで言った。
「え?」
「お正月に、白井酒造の前まで行きました」
私は住所を頼りに、正月に白井酒造の前まで行った。正直、うっかり新酒が買えないかなという期待もあったが、大好きな「風が吹く」がどんなところで造られているか見たかった。
これは私は、酒だけでなくあらゆるものに対して思うことだ。
造り手の愛を感じる、自分の愛が湧くものがあれば、それがどんなところでどんな風に造られているのか誰がどんな思いで造っているのか知りたくて堪らなくなる。
白井酒造はとても古い蔵で、私はそのとき本当に驚いた。
「この……崩れそうな蔵で『風が吹く』が造られているの……?」
廃墟と言っても過言ではない風情の蔵だった。
「何処から入るのかも、どの戸を叩いたらいいのかもわからないので、蔵の周りをぐるぐる回って帰りました」
「ええ、入って来て欲しくないので」
白井さんは、常に笑顔だ。
もちろん、一月は何処の酒蔵も絶賛寒造り中だ。ご迷惑になるだけなので、アポイントも取らずに酒造り中の蔵に私も入るつもりはない。
そう言いながら、「こんにちは。新酒売ってください」くらい言えないだろうかとは思っていた。
このときの記憶があるので、私は会津の酒蔵スタンプラリーに白井酒造が参加しているのを見て驚いた。
最初のスタンプを押していただいた辰泉で冊子をいただき、
「え? 白井さん参加してるんですか? スタンプ押せるんですか?」
と辰泉の女将に尋ねると、
「敷地の外にスタンプが置いてあるそうですよ」
そう微笑まれた。
笑顔で、「困る」、「来ないで」、「とても迷惑」という空気を存分に醸し出す白井さんに、私は果敢にアタックし続けた。
「私本当に『風が吹く』が大好きなんです!」
そうすると向かいに座っていた壮年男性が、
「そうかな。俺は『萬代芳』が好きだけどね」
などと、「俺の方が白井酒造を理解しているぜ」オーラを出すので、なおのことこちらもむきになる。
「私本当は、多分山廃がそんなに普段は得意じゃないと思うんです。だけど白井酒造の山廃は、多分私の苦手な山廃感がしなくてすごく美味しいです」
「そうですか。ありがとうございます」
「大好きです。取材させてください」
「困ります」
「好きなんです。取材させてください」
「仕込みの時期に来られても、家族でやっているので居ていただく場所がないので」
「仕込みの時期にお邪魔したりしません。私が変な菌運んで腐蔵になったりしたら怖いじゃないですか」
これは漫画「もやしもん」の知識だ。
変な菌が蔵に入り込み、蔵全体のその年の酒が全滅すれば蔵そのものが破滅する。それが「腐蔵」である。
「腐蔵ですか。随分大昔の話をなさるんですね」
白井さんは本当にずっと笑顔だ。
「今は大丈夫ですよ。今のような格好でいらっしゃるならそんなに神経質にならなくても平気です。入って来ていただきたくないのはこういう方で」
白井さんは、仕込みの時期に蔵に入って欲しくない方の例を具体的に語ってくれた。
「……その方たち、でも蔵に来ないわけには行きませんよね」
「物だけがくればいいと思います」
白井さんには一切悪気はない。話していたらわかる。酒を守りたい。それだけだ。
「それは不可能ですよね」
「物だけがくればいいと思います」
「蔵の入り口に履き物を置いて、履き替えていただいてはいかがですか?」
「敷地にも入らないで欲しいです。物だけがくればいいと思います」
穏やかに、白井さんはずっと笑顔だ。
「とにかく私は、仕込みの時期に取材に行ってお仕事の邪魔をすることはしたくないので。仕込みが終わった時期に取材させてください」
「仕込みのない時期に来ていただいても、お見せできるものは何もありません」
本当に白井さんはずっとやさしい笑顔なんだよ!
三十分以上白井さんを独り占めして猛アタックして最後には、
「酒販店さんを通してください」
そうにこやかに穏やかに、完全にお断りされる。
酒販店さんとは、白井酒造が信頼して酒を卸している酒店のことだ。要は五ノ井酒店のことである。
そこに五ノ井さんが通り掛かった。
「五ノ井さん! 私三十分以上白井さんに愛を訴え続けて笑顔で拒まれ続けて、酒販店さんを通してくださいって言われたの。お願いします酒販店さん!」
「あははは! いいよいいよ」
五ノ井さんが笑いながら引き受けて行ってくださって、白井さんは笑顔で「本当に困ったなあ」というオーラを出している。
私の隣のWさんは、隣の男性陣五人と交流していていて、私の五ノ井さんへの訴えを聞いて心から驚いていた。話は詳しくは聞こえていなかったらしく、白井さんがずっと穏やかな笑顔なので、私がこんなにも長い時間拒まれ続けているとは思いもしなかったそうだ。
「山廃って何?」
Wさんが言うので、私は私のわかる範囲で説明しようと思ったが、せっかく白井さんがいらっしゃるのだから白井さんからご説明いただいて私も聞きたいと思いお願いした。
それは快く引き受けてくださって、白井さんは丁寧に説明してくださった。
簡単過ぎる説明をすると、「山廃」とは、「山卸」というとても大変な作業を廃止する仕込み方法だと思う。山卸は大変な作業だが、それを廃止することによって実は仕込みはより困難なものになる。山廃とそうでないものは、工程や、山廃に使用する乳酸菌の関係で味が違うのだろうと私は勝手に理解している。間違っていたらごめんなさい。
とても丁寧に、白井さんは山廃についてWさんに説明してくださった。
それは、わからない者を全く想定していない、化学式と専門用語の嵐のようなゆっくりとした解説だった。
わかる範囲で、私はWさんに通訳をした。
「これは、その作業をしないってことね」
説明できる範囲で、通訳を繰り返した。
途中何度も、私のわからないカタカナ五文字が出て来た。
もう私は全力で愛する人の言葉をヒアリングするラマンのようになり、最後はほとんど勘で必死に聞いた。
「それはもしかして……福島県産酵母の話ですか」
なんでわかったのかわからないが、私自身この頃には野生動物のように全身を研ぎ澄ませて五感で聞いた。
「そうです。『きらめき酵母』です」
理解できたような気がしたときは、酷く嬉しかった。
目的はこちらももうすっかり行方不明である。
白井さんは、多分だが、酒造りの話をするのはきっとご自身が楽しくて、してくださっているのだと私は思う。だからこそ言葉を砕かずに、ご自分の思いのまま語られる。
私一人で充分過ぎるほど白井さんを引き留めたので、解放してさしあげた。
隣の男性五人の一人に、
「目力が強すぎて、怖いのがいけないんじゃないですか?」
などと失敬なことを言われる。
「なんで今初めて話した超適当そうなあなたみたいな男にそんなことを言われなきゃならないのよ!」
酒も入っているので、適当そうな男は私からとんだとばっちりを受ける。
でも向こうも向こうだと思う。初対面でそんな言い方があるか。お互い様だ。アスパラを作っているそうなので、是非アスパラを食べさせて欲しい。
そこから少し五人の男性と、「お仕事は何を」みたいな普通の話になった。
私は白井さんに取材させろ攻撃を彼らの前で散々したので、普段なら言わないが「文筆業です」と明かした。Wさんがイラストレーターであることも伝えた。
すると私の向かいの男性は広告代理店の方だということで、大名刺交換大会になり、機会があればお仕事できたらいいですねという話もできた。
また五ノ井さんが通り掛かって、
「全然食べてないじゃない。つまみ」
それを見咎められた。
板さんの全力料理を今日こそは食べ尽くすと、Wさんに言い聞かせたのは私だ。
「酒に夢中でつい……」
「それじゃただのおっさんだよ」
五ノ井さんに朗らかに笑われる。
囲む会はいつも最後にじゃんけん大会があり、私は気合いで勝利して白井さんの手からお猪口を貰った。
だけど私が欲しいのは、お猪口ではない。
白井さんのアポだ。
「さっさと勝利してしまったから、私は一人で残った酒を呑むわ……」
酒席に戻ってもっと呑んでやるこの野郎みたいな気持ちになったら、それは店長に見咎められて、
「もう呑まないで!!」
と悲鳴を上げられて酒も呑み足りない気持ちだった。
嘘です。目茶苦茶呑みました。
多分私が参加者の中で最も囲む会をエンジョイしたことを自負しながらの帰宅途中、Wさんが笑って言った。
「あの隣の五人の男性。菅野さんが怪しくて見ないようにしてたのに、文筆業だってわかったら、だから怪しいのかって安心したみたいで良かったね」
Wさん!?
翌日、私は五ノ井酒店に行った。
昨日は出なかった「純米生酒 中取り 風が吹く」の新酒を掴んでレジに置いたところに、五ノ井さんが現れた。
「愛憎の証に、『風が吹く』を買うわ。白井さんが好きで堪らない」
なよ竹のようにやさしい笑顔で、望まないことは絶対に受け入れず、酒造りのことになると言葉を砕かず夢中で語る。
白井さんは最高にかっこいい素敵な人だ。
「もっとちゃんとくどけばいいじゃない」
五ノ井さんは笑いながら言った。
「私はもう白井さんの気持ちなんてどうでもいい。白井さんをくどき落とせる気なんか全然しないから、くどき落としたりしない。どんなに迷惑でも私の愛だけで私からガンガン行く。重ねて言うけど白井さんの気持ちはどうでもいい」
「一応言っておくけど、白井くん菅野さんにだけああじゃないからね。欲もないし、造りたい酒を淡々と造ってる、ものすごく強情な男だよ」
昨日、私はそれを思い知った。心から素敵だと思っている。
「俺もさ、白井くんこうしたらみたいな提案したことあんの。色々考えて」
五ノ井さん自身は酒販店だが、五ノ井さん発信で会津の蔵元は活性化していると私は印象を受けている。若い蔵元たちは五ノ井さんを頼りに思う人が多いし、曙酒造のヒット商品「snowdrop」も五ノ井さん発信だ。この辺のことは、アーカイブ「会津坂下町で出会った熱」を読んで欲しい。
「白井くん、ああしてこうしてこうやって、こうしたらもっとこうなってこうこうこうなるんじゃないかな。みたいな話を、長々したことあんのね。真面目に」
五ノ井さんはいつも剛胆な印象だが、白井さんのことは一目置いている様子だった。
「笑顔で、『いやです』で終わりだよ」
五ノ井さんは大笑いしていた。
五ノ井さんもそんな、なよ竹のように強情な白井さんがきっと好きなのだろう。
「取材に行きたいから、アポイントお願いします」
「アポなしで行けば? アポ取ってもすっぽかされるかもよ?」
「いいえ。私は絶対にアポを取って行きます。何度すっぽかされても何度でも行きます! 五ノ井さんつきあってね!」
五ノ井さんも迷惑な話である。
この片思いに私は筋を通さないつもりは一切ない。そもそも迷惑な愛だから筋くらいは通す。
囲む会の私の白井さんへの猛アタックを、エッセイに書いていいですかと尋ねるために、私は白井さんに三回電話を掛けた。
三回目やっと電話に出てくれた白井さんは、
「確認しなくていいです。ご自由にどうぞ」
とあくまで鷹揚だ。
「なよ竹の君め。かっこいい。笑顔のまま自分を絶対曲げない。大好きだ」
白井さんが会津の酒蔵界隈で、「動かざること山の如し」と呼ばれていることものちに知る。
私の人生にこんな大きな片思いは、今までなかった。
そして私は自分が片思いをしたときにこんな大迷惑な人間になることを、この歳まで知らずに生きてきた。
落としてやるとは思わない。
私の愛だけで白井酒造を訪ねようと心に誓いながら、「風が吹く」を開けてまた愛を深めるばかりの恋の始まりだった。
●今回のお酒
風が吹く 山廃仕込純米生酒 中取り
口に含むとびっくりするぐらい爽やかな味が広がります。山廃の重い、濃いというイメージがひっくりかえされる位の軽やかさです。ただ、飲み込む頃にはどっしりとした味わいに。そのまま飲んでも、食事とあわせてもどちらでも楽しめる1本です。
問合せ先
合資会社白井酒造店
住所:福島県大沼郡会津美里町永井野字中町1862
●今回のお店
弦や
気軽な居酒屋でありながら、旬を堪能できるツマミの美味しさ、日本酒の揃えのすばらしさに、何度も通いたくなります。特に福島、会津の日本酒の揃えは天下一品。日本酒の美味しさを改めて発見できます。フェイスブック、ツイッターで、情報を発信されているので、ぜひチェックを。
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