食養生 〜わたしたちのイマドキごはん〜

梵恵

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小寒の巻

★★小寒の巻★☆
 みなさま、明けましておめでとうございます♪
 既にその言葉から気持ちが離れ、仕事に学業に勤しんでいる諸氏も多いかとは思いつつ、やはり区切りとして言わざるを得ないのが、この言葉。年が明けるというのは、カレンダー的に新しいものに変わるだけではなく、歳神様が交代するという日本ならではの考え方が反映されるタイミングでもあるのです。
 今年の歳神様は、戌を連れてやってきました。ご縁あって年末年始を伊勢神宮境内でご奉仕活動しながら過ごさせていただき、元旦には御垣内で参拝させていただきましたが、その時にドカーンと大きな音で、大きな戌が上から落ちてきました。そう、連れてくる、と表現はするものの、この世界に来られるのは、どの十二支も12年に一度だけなので、楽しすぎてぶっ飛んで来るみたいなのです。興奮でわふわふしながら(神使は息をしてないはずなんですけどね)、笑顔で登場の戌、可愛いですよね。
 さて、いよいよ「寒い」という言葉と縁のきれない時期に入ってきました。実質的に、この節気のエネルギーが本気で現実化するのは2週間から1ヶ月先であるにも関わらず、冷え込む時はグンと冷え込むのが、この時期の特徴です。小寒の後ろには大寒が控えているのだと、しみじみ感じられる辺りも、心憎い演出と言えるかもしれません。
 年末年始をまたいで急速に寒さが激しくなるのは毎年の風物詩ですが、ここでパリッと冷たい空気に晒されて心新たに新年を迎えられた状況というのは、精神面での修養という面から考えれば、あながち悪いことでもないと言えます。目まぐるしく変わりゆく現実に、ついていくのがやっと。あるいは、社会の決まりや方針に合わせ続けられずにグッタリ。そんな中、頭を冷やす空気と、多少なりともノンビリできる時間の到来。季節の節気とは異なりますが、お正月は人間にとって大切な区切りなのですね。
 とは言え、体の面から言えば、寒さ極まる時期がいよいよMAXへと向かい、固まる・縮こまる・流れなくなる状態も最悪の方向へとシフト。目が覚めれば脚が攣り、急に動けば筋を傷め、お風呂でほぐそうと服を脱げば心臓麻痺が襲って来そうで、もうウンザリ。
 「冬眠したーい!」という叫びが聞こえてきそうですが、というより実際に私が叫んでいますが、冬眠向きではない体で冬眠のごとく動かずにいれば、体内の流れは更に悪くなって体調は悪化の一途。ここは少しずつでも体を温めて流れを良くし、物理的な行動でも支援していくしかありません。
 感冒についても引き続き注意の必要な時期ゆえに、邪気を飛ばしつつ体を温めるネギは重宝します。生姜は邪気飛ばしの主力なので、温める力を補うならニンニクは必須。暴飲暴食を避けられない時でもあるため、脾胃を健やかに保つ陳皮やチョウジ等のスパイス系もはずせません。 でも、ここで思い出して欲しいのは、お粥。七草粥が代表的ですが、実際には七日の朝だけではなく、栄養を与えながら胃を休ませるためにも一月中は積極的に使いたいところ。
 お粥と言うと「病気」「質素」みたいなイメージが先行しがちですが、出汁と入れ込む食材とで先行イメージとは全く異なるお粥をいくらでも作り出すことができます。
 お粥の元になるお米には「補気」と言って、私たちの体を作り動かしている「気」の源を補う力がたくさんあります。「お米の国の人だから」というコマーシャルもありましたが、それはつまり「気」を大切に生きる民族であることの別表現でもあり、米離れをすることは私たちの体に一番合った「気」を遠ざけることでもあります。
 時代と共に様々な変化はあれども、私たちの体が未だに中国四千年の医学適用対象である話は、何度かしてきましたね。炭水化物ダイエットをしたら、話す職業なのに声が出なくなって困ったという話も聞きました。お粥が柔らかくて苦手なら、お餅でもよいので、せめて一月前半くらいは、「気」の補充期間に充ててみませんか。精神的な「元気」、気持ちの元になる気も、不足すれば幸せを感じる力は下がります。今こそ、心身の基盤作りをもう一度、の時期ですよ。よい一年にしていきましょう。

 (出典:日本中医食養学会編纂「食物性味表」改訂2版)