朝食の女王風エッグベネディクト拡大写真

長谷川裕子

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diy cooking

蛋白質の変性温度と乳化。あるいは、朝食の女王風エッグベネディクト

 私がまだ子供だった頃、外国はテレビや映画や本の中にある夢の世界でした。 「兼高かおる世界の旅」「グラハム・カーの世界の料理ショー」「奥様は魔女」などで海外への憧れは膨らむ一方、私の生まれる前年までは「海外旅行は1人年一回、外貨の持ち出しは500ドルまで」との規制も有り、一般民間人が海外旅行に出かけるというのは本当に「夢」でしたから、小説や絵本、テレビドラマや映画に登場する外国の料理やお菓子は、まさに夢の食べ物。
私が成人した年には日本はバブル景気に突入して、ありとあらゆる食材や料理を外国に食べに出かけたり、逆に日本に集まってくるようにもなるのですが、それはまだ先のこと、そんな未来がやって来るなんて想像すら出来ない、日本がバブルに浮かれる10数年ほど前……。

 小学生だった私は英会話教室という名前の、英語でおままごとをしたりマザーグースの歌や絵本を読んだり歌ったりする塾に通っておりました。
マザーグースの歌って、食べ物が沢山出てくるんですよね。ドルリーレーンに住んでいるマッフィン売りが売っている「マッフィン」や、1個でも2個でも1ペニーで買える「ホットクロスバンズ」。
 当時は今と違いインターネットもありませんから、ちょっと気になった事を調べるにも、本を読むくらいしかありませんし、雑誌や事典の「総天然色」が呼び物になる時代ですから、カラー写真の多用された料理の本なども珍しいものでした。
ですから、小学校低学年の私に「マッフィン」がどんなものなのか、知るすべはありませんでした。マザーグースやメアリーポピンズ、童話や小説に出てくる食べ物は、食いしん坊な私の好奇心をかきたてました。
 小学校高学年になりアガサ・クリスティーなどのミステリー小説も読むようになると、ミス・マープルの「バートラムホテルにて」で再び「マフィン」に再会します。本場のロンドンでもめったにお目にかかれなくなったという本物の「マフィン」憧れは更に募っていきました。
 中学生になった頃、某ファストフード店のメニューにマフィンを使った物が登場し、アメリカのマフィンとイギリスのマフィンがまるで違うモノだと実感する事が出来ました。
その頃の私には憧れの食べ物がありました。
そう! それは、エッグベネディクト! 海外が舞台の小説には朝食として頻繁に出てきて、何か素敵な響き!
本で読む限り、材料の構成は某ファストフード店のメニューとそう変わらないのに、お洒落度が決定的に違う! ソースといえば、中濃かウスター、とんかつソース、せいぜいがホワイトソースくらいしか知らないのに、オランデーズソースってどんなソースなの?!
 私がその夢のメニュー、エッグベネディクトと出会ったのは、高校を卒業した年、初めて一人で行ったハワイのホテルの朝食メニューでした。憧れの味の本物に出会えた喜びで、帰国してから暫くはブランチメニューの定番になりましたが、当時はオランデーズソースを上手に作ることが難しくて、マヨネーズにケチャップと牛乳を少し入れた簡易版のソースでした。

 一般的なエッグベネディクトは、イングリッシュマフィン、ハムやベーコン、ポーチドエッグ、オランデーズソースで構成されています。
一方、朝食の女王のエッグベネディクトはポーチドエッグを使いません。エッグポーチャーという器具を使って作るスタッフドエッグ(蒸し卵)を使っています。
日本では馴染みがありませんが、欧米ではエッグポーチャーという「鍋に穴の開いた仕切りと穴に填めて卵を蒸すのにちょうど良いカップがセットになっている」調理器具が売られています。
 小さなフライパンサイズのエッグポーチャーを私も持っています。たとえエッグポーチャーがなくても、蒸し器と耐熱の小鉢やカップがあれば、スタッフドエッグを作るのには困りません。底が丸くてやや平べったい半球状の耐熱容器があれば、スタッフドエッグを作ることが出来ます。
もしそれらが無くても大丈夫、普通の鍋さえあればポーチドエッグが作れます。
上手に形作るのが難しいかもしれませんが、鍋の中に空き缶や耐熱容器を沈めて、その中に卵を入れて加熱すれば簡単にポーチドエッグを作ることが出来ます。

専門器具

 今回の料理で使うちょっと特殊な調理器具は、グリルパンとエッグポーチャーです。無くてもグリルパンはフライパンで代用出来ますし、エッグポーチャーは蒸し器や鍋で代用出来ます。

代替え器具

 オランデーズソースは卵黄に含まれるレシチンという機能性脂質が乳化剤となって、本来なら分離してしまう水と油、今回の場合はレモン果汁とバターをなめらかでもったりとしたソースに仕上げてくれます。一見きれいに混ざっているように見えますが、これは見かけだけで顕微鏡レベルでは混じり合っていません。レシチンが「界面張力」を高めて、細かい小滴となった油を安定させているのです。水を泡立ててもすぐに泡は消えてしまいますが、石けんを乳化剤として使うと、泡が長持ちすると同じ原理です。粒の大きさを出来る限り細かく揃えてやると、泡が長持ちするのも同じです。

器具

【オランデーズソース】 1人分

卵黄 1個
塩 0.7g
砂糖 0.6g
レモンの搾り汁 小さじ1
レモンの皮を削ったモノ 1/4個分
カイエンヌパウダー 小さじ1/10
無塩バター 60g(冷たいまま1cm角にカットしたもの)

1.湯煎用の器に無塩バター以外のすべての材料を入れて、小さめのホイッパーで白っぽくなるまで湯煎しながら泡立てる。
2.白っぽくなったら湯煎から外し、角切りにしたバターを入れて、よく混ぜる。
3.バターが混ざりにくいようなら、時々湯煎に掛けながら、もったりとしたクリーム状になるまで手早くかき混ぜる。
4.バターがすべて混ざり、もったりしたなめらかなソースになったら、容器を移し、表面が乾かないようにラップで覆っておく。

材料 卵、イングリッシュマフィン、ハム、チャイブ、パプリカ

 エッグベネディクトに使う卵は冷蔵庫から出したてを使います。卵白の表面は固めて中はゼリー状にぷるるんと、卵黄はトロトロ程度、ナイフを入れたら流れ出すくらいに仕上げたいからです。出来る限り新鮮で卵白が濃厚な卵を使うと綺麗に仕上がります。
 スタッフドエッグで作る場合は、蒸気の上がる蒸し器またはエッグポーチャーで短時間で一気に蒸し上げます。
 ポーチドエッグで作る場合は、酢と塩を入れたお湯を一度沸騰させてから弱火にして水面が揺れる程度に保って、菜箸などでクルクルと水流を作ってから、その真ん中に割って器に出しておいた卵をそっと入れて手早くまとめます。
お湯の中に空き缶や耐熱容器を沈めておいて、その中に割っておいた卵をそっと入れると、より簡単にまとまります。卵がくっつきにくい容器を選び、取りだす時に卵黄を壊さない様に気を付けるのがポイントです。
取りだした卵は50度程度のお湯に入れておくと、黄身トロトロのまま温かく保てます。

エッグベネディクト

【エッグベネディクト】 1人分

卵 2個
イングリッシュマフィン 1個
スモークハム 2枚
チャイブ みじん切り 少量
パプリカ みじん切り 少量

付け合わせのベビーリーフサラダ お好みで

スチームドエッグの場合
バターまたはお好みの油 少量

ポーチドエッグの場合
水 1リットルに対して
塩 小さじ1
お酢 30ml

1.エッグポーチャーのカップ、または卵を蒸す器にバターまたは油を薄く塗っておく。
2.エッグポーチャーまたは蒸し器にお湯を沸かし、油を塗った容器をセットして、別の器に割っておいた卵をそっと移す。
3.蓋をして5分間蒸して、表面が固まっていたら、器のまま50℃のお湯に浸けておく。
4.イングリッシュマフィンをフォークなどを使って半分に割り、オーブントースターでこんがりと焼く。
5.グリルパンを中火にかけて温め、ハムを一枚ずつ重ならないように並べ、片面だけに焼き目を付ける。
6.お皿にイングリッシュマフィンを断面を上にして並べ、焼いたハムを焼き目を付けた側を上にしてのせて、その上にお湯を切ったスタッフドエッグを型から外してのせる。
7.卵の上にオランデーズソースをたっぷりとかける。
8.みじん切りにしたパブリカとチャイブをのせて出来上がり。

パプリカ、チャイブみじん切り

エッグベネディクト

 朝食の女王風エッグベネディクトのポイントは、型を使ってぷるんと蒸し上げた美しいフォルムのスタッフドエッグ、ビネガーを使わずにレモンで仕上げたオランデーズソース、片面だけグリルパンで焼いたスモークハム、重しをかけずにふんわり軽く焼き上げたイングリッシュマフィン、彩りと風味付けに散らしてあるパプリカとチャイブのみじん切りです。

エッグベネディクト

 オランデーズソースをかけて、普通のエッグベネディクトとしては完成しますが、今回はもう一工程。
チャイブとパプリカのみじん切りをトッピングすることで、朝食の女王風エッグベネディクト、完成です。

エッグベネディクト

ポーチドエッグで作る場合

1.分量のお酢と塩を入れたお湯を鍋に入れて沸騰させ、空き缶か耐熱容器を沈めて火を弱める。
2.80℃をキープするようにし、別の器に割っておいた卵をそっと移す。
3.以降は同じです。
容器を使わずに、菜箸などでお湯に渦を作り、その真ん中にそっと割っておいた卵を入れて、卵をまとめてポーチドエッグを作る方法もあります。
56℃以下では卵は固まらないので、50℃くらいのお湯に浸けておけば卵は固くならずに温かい状態をキープ出来ます。

 朝食の女王では、イングリッシュマフィンは重しを使わずに、ふっくらと焼き上げた軽い食感のもの使っているので、今回は食感を重視してベッカライ徳多朗さんのコーングリッツの丸パンを使用しました。

 次回は、「小麦粉の蛋白価と空気含有量による食感の変化。あるいは、パンケーキ」の予定です。